
請求書の発行を任せている担当者が急に休むと、代われる人がいるのかどうか、その場では誰も答えられないことがあります。
事務の仕事は、できる人が静かに回してしまうため、どこまで任せられているのかが外から見えません。スキルマップは、業務ごとに誰がどこまでできるかを書き出して、1枚で確かめられるようにする表です。ここでまとめるのは、対象業務の選び方と、行動で分けたレベル基準です。続けて、請求書発行の記入例と、育成の順番の決め方まで一続きの手順として示します。人の出来を採点する表ではなく、業務の偏りを見つける表として作ります。
- スキルマップは、業務を縦、担当者を横に並べて、交わる欄へ習熟レベルを書き込む一覧表です。
- 目的は人の採点ではなく、代われる人がいない業務と、次に育てる相手を見つけることに置きます。
- レベルは上手・下手で分けないのがおすすめです。補助があればできる、一人でできる、例外に対応できる、教えられるという行動で区切ります。
- 評価欄には、いつどの成果物で確認したかを1行だけ添えます。空欄は0点ではなく未評価の印として残します。
- まずは毎月必ず発生する業務を1つ選び、担当者の人数ぶんの列を作って埋めるところから始めます。
スキルマップとは、業務と担当者の習熟度を並べた一覧表
スキルマップとは、縦に業務、横に担当者を並べ、交わる欄へ習熟レベルを書き込む一覧表です。習熟レベルは、その業務をどこまで自分の判断で進められるかの段階を指します。1枚あれば、誰がどの業務をどこまで任されているか、誰も代われない業務がどこにあるかを、同じ場所で確かめられます。
作るときに最初に外したいのは、人の出来を採点する使い方です。事務の仕事は、担当者の性格や意欲ではなく、手順と経験量で仕上がりが変わります。だから見るのは人ではなく、業務の側です。読み取りたいのは、その業務を任せられる人数と、止まったときに受けられる人の名前の2つ。この2つが分かる形になっていれば、表としては足りています。
人事評価表と見た目が似ているため、同じ表で済ませたくなる場面もあります。ただ、給与や賞与の判断材料にすると、記入する側は低いレベルを書きにくくなるものです。実際より高いレベルが並んだ表では、代われる人がいない業務が隠れてしまいます。評価とは切り離しておくほうが、業務の表として長く使えます。

作る前に決めるのは、目的・対象範囲・確認担当の3つ
手を動かす前に、決めておきたいことが3つあります。ここが曖昧なまま業務を書き出し始めると、項目が増えすぎて途中で止まりやすくなります。
- 目的を1つに絞る:代われる人がいない業務を見つけたいのか、新しく入った人の育成順を決めたいのか。どちらかに決めると、並べる業務の範囲も自然に決まります。
- 対象範囲は定期業務から:部署全体を一度に扱わず、毎月または毎週必ず発生する業務だけに絞るのがおすすめです。年に1回しかない業務は、後から足しても間に合います。
- 確認担当を先に決める:本人が書いたレベルを、同じ業務を見ている人が確認します。上司でも、その業務を長く担当している先輩でも構いません。
準備するものは、手元にある資料で十分です。最近の業務が分かる資料(月次の予定表、引き継ぎ書、業務日誌など)をそろえます。書き込む先は、表計算ソフトか紙の様式が1枚あれば足ります。新しい様式をわざわざ作る必要はありません。
スキルマップの作り方は、6つの手順で進める
全体の流れは6つです。表を埋める作業そのものより、2番目の洗い出しと3番目の基準づくりで出来が決まります。
- 目的と対象範囲を決めます。決めた内容は、表の1行目へメモとして残します。
- 対象の業務を洗い出し、業務の大きさをそろえます。
- レベル基準を、目で確かめられる行動と成果物で決めます。
- 本人が記入し、確認担当が同じ欄を根拠付きで確認します。
- 代われる人がいない業務と、次に任せる一仕事を決めます。
- 更新担当と見直し日を決め、表の端へ書いておきます。
2番目の洗い出しでつまずく原因は、業務の大きさがそろわないことです。経理という単位では大きすぎて、誰がどこまでできるかを書き込めません。請求書の宛名を直すという単位まで下ろすと、行が増えすぎて読めなくなります。
ちょうどよい大きさの目安は2つあります。一人が半日から1日で一区切りつけられること。そして、終わったかどうかを成果物で確かめられることです。請求書発行、入金の照合、給与の締め、経費の精算、備品の発注あたりが、この大きさに収まります。
3番目のレベル基準は、次の見出しでまとめます。4番目の記入では、本人と確認担当が同じ欄を別々に埋めてください。ここで数字だけを書くと、後から理由が追えません。レベルの横に、いつどの成果物で確認したかを1行だけ添えておきます。先月分の請求書を一人で発行、といった短いメモで足ります。
レベルは、できる・できないではなく行動で分ける
できる、できないの2択で埋めた表は、担当を決めるときに使えません。できると書いてあっても、通常のパターンだけなのか、例外まで判断できるのかで、任せられる範囲が変わります。そこで、次の5段階で区切ります。
- 未経験:その業務を担当した経験がありません。手順書を読んだだけの状態も、ここに入ります。
- 補助があればできる:手順書を見ながら、聞ける人が近くにいれば進められます。仕上がりの確認は、別の人が担当します。
- 一人でできる:通常のパターンなら、最初から最後まで一人で終えられます。
- 例外に対応できる:金額の訂正、締め日の変更、取引先からの差し戻しなど、通常と違う形でも自分で判断して処理できます。
- 教えられる:他の人へ手順を説明し、その人の仕上がりを見て直せます。
5段階のうち、区別がつきにくいのは3段目と4段目です。線を引くなら、通常と違うことが起きたときに、自分で判断して進めたか、誰かへ確認してから動いたかで分けます。判断まで自分でできる段階に来ていれば、休んだ日の代役として数えられる人です。
各段階には、確認できる成果物を1つずつ決めておくと、記入のぶれが小さくなります。一人でできるなら当月分の請求書一式、教えられるなら新しい担当者が作った請求書を直した記録、といった形です。成果物が思いつかない段階は、基準の書き方がまだ行動になっていません。
もう1つ決めておきたいのが、空欄の扱いです。まだ確認できていない欄は、未評価の印を入れて残します。空欄を0点として集計すると、本当は経験のある業務が弱点に見えて、育成の順番が入れ替わってしまいます。未評価と未経験は、別の意味として分けておいてください。
レベルを行動で書く考え方は、公的な整理の仕方とも重なります。厚生労働省の職業能力評価基準は、仕事に必要な知識・技能・職務行動を職種や職務別に整理した枠組みです。人材育成や評価へ活用でき、各社の実情に合わせた調整が前提とされています。公開されている枠組みをそのまま写すより、自社の業務名と成果物へ言い換えるほうが、記入するときに迷いません。

請求書発行で埋めた記入例と、その読み方
1業務だけ抜き出すと、埋めた後の形が見えやすくなります。下の表は、請求書発行の行を3人分だけ取り出したものです。説明のために作った例なので、実在の担当者や取引先ではありません。自社で作るときは、担当の欄を実際の名前に置き換えてください。
この3行から読み取れることは2つあります。1つは、例外に対応できる人が担当Aだけという状態です。担当Aが休んだ日に取引先から差し戻しが来ると、判断できる人がいません。もう1つは、次に任せる一仕事が全員分決まっていることです。
次の一仕事は、1件だけの具体的な作業にしておくと動きやすくなります。金額訂正の対応を覚える、では期限も終わりも決まりません。当月分の金額訂正を1件、担当Aが横で見ながら担当Bが処理する、まで書ければ、翌月には結果が確かめられます。誰が確認するかも、同じ欄へ書き添えておくと迷いません。
実際の表では、この行の下に入金の照合、給与の締めと続きます。列は担当者の人数ぶんだけ増えますが、1行の作り方は同じです。まず1行を丁寧に埋めてから、残りの業務へ広げるほうが早く仕上がります。
育成の順番は、止まったときの影響から決める
表が埋まると、手を入れたい業務がいくつも見つかります。全部を同時に育てるのは無理なので、順番を先に決めておくほうが動きやすいです。見るのは3つで、上から順に当てます。
- 止まったときの影響:支払いの遅れ、給与の未払い、取引先への連絡漏れなど、外へ影響が出る業務を先に置きます。
- 代われる人の少なさ:一人でできる以上の段階が1人だけなら、その業務は代役のいない業務です。
- 発生の頻度:毎週の業務と年1回の業務が並んだら、毎週のほうを先に育てます。
3つを当てても同じ順位で並ぶことがあります。そのときは、影響の大きさを優先してください。頻度が低くても、止まると外へ迷惑がかかる業務のほうが、後回しにしづらい仕事です。
育成の対象が決まったら、次に決めるのは教え方です。実際の業務を通して仕事を覚えてもらう方法を、OJTと呼びます。ただ、誰が教えるか、どの1件から任せるかを決めないまま始めると、放置になりがちです。教え方の組み立ては、計画的に育てるOJTの進め方でまとめています。
代われる人が1人もいない業務は、育成より先に手順を残すほうが安全です。その業務を止めずに渡す形は、使える引き継ぎの型で整理しています。
更新は、決まった頻度より業務の変化で動かす
半年に1回、年に1回といった頻度を先に決めても、表は止まりがちです。予定日まで間があると、担当が変わった事実が表へ反映されません。更新のきっかけは、日付より業務の変化に置くほうが続きます。
- 担当が変わったとき、または新しく人が入ったとき
- 新しい業務が増えたとき、扱う業務がなくなったとき
- 手順や使うソフトが変わったとき
- 次の一仕事が終わって、レベルが1つ上がったとき
- 半期や期末など、あらかじめ決めた定例の見直し日
更新する人は1人に決めておきます。全員で直せる形にすると、誰も直さない状態になりやすいところです。作業は、レベルの数字と根拠の1行を書き換えるだけです。
もう1つ、運用で外したい使い方があります。人事評価の点数付けと同じ台紙にまとめる形です。査定に直結すると、記入は自己申告の高さ争いに近づき、代われる人がいない業務は表から消えます。育成と代役探しのための表なので、評価とは別のファイルで持っておくほうが素直です。

できた状態の目安は、4つで確かめる
どこまで埋めれば使える表になったのか、線を引いておきます。次の4つがそろえば、育成と代役探しには足ります。
- レベル定義:対象にした業務の全部に、行動で書いた段階がそろっている状態です。
- 根拠:記入済みの評価欄に、成果物の名前か確認した日付が入っています。
- 未評価の扱い:まだ見ていない欄は0点ではなく、未評価の印として残したままです。
- 次の一仕事:育成対象の業務ごとに、任せる1件と確認する人が決まっています。
抜けやすいのは2番目です。レベルの数字だけが並んだ表は、半年後に読み返しても、その数字を付けた理由が思い出せません。根拠の1行があると、次の確認は前回との差だけで済みます。
よくある失敗と、その場でできる直し方
スキルマップが止まる場所は、だいたい同じところです。多い4つを並べます。
- 項目が広すぎる:コミュニケーション力、正確性といった項目は、レベルを付けられません。電話で聞いた内容を伝票へ書き写す、差し戻しの理由を依頼元へ伝える、のように業務の行動まで分けます。
- 本人と確認担当の評価が割れる:印象で平均を取らず、同じ実務を1件、一緒に見て判定し直します。判断が分かれた場所を1行メモしておくと、次の基準になります。
- 育成候補が同じ順位で並ぶ:止まったときの影響、代われる人の少なさ、発生の頻度の順に当てて、1つに絞ります。
- 作ったあと更新されない:人事評価表と混ぜず、業務が変わったときと定例の見直し日に触る形へ戻します。更新する人が決まっていない場合は、その場で1人決めてしまうほうが早いです。
もう1つ、表を作った達成感で止まる場合があります。埋め終わった時点では、まだ何も変わっていません。次の一仕事を1件だけ動かして、レベルが上がった欄を書き換えるところまで進むと、表が回り始めます。
まとめ:対象業務を1つ選んで、今日から試す
事務スキルが見えないのは、能力を測れないからではありません。業務ごとに、誰がどこまで自分で進められるかを書き出す場所がないだけです。スキルマップは、その場所を1枚用意して、代われる人がいない業務と次に育てる相手を見つける表です。
作る順番は、6つの手順としてまとめられます。目的と範囲を決め、業務を同じ大きさで洗い出し、レベルを行動で決めます。そのあと本人と確認担当が根拠付きで記入し、育成順と次の一仕事、更新のきっかけまで決めてください。空欄は0点にせず、未評価の印として残してください。
最初から全部の業務を並べる必要はありません。まずは毎月必ず発生する業務を、1つだけ選んでください。担当者の人数ぶんの列を作り、5段階のどこかを根拠1行付きで書き込みます。1業務なら、表計算ソフトの1行に収まります。そこで代われる人がいないと分かったら、次の一仕事を1件だけ決めてみてください。それが、見えなかった事務スキルを動かし始める最初の一歩になります。
Q&A
Q1. 担当者が2人だけの職場でも、スキルマップを作る意味はありますか。
2人でも役に立ちます。どちらかが休んだ日に止まる業務がそのまま並ぶので、引き継ぎを先に整える業務が選べます。列が2つでも、レベルの定義と根拠の1行は同じ形で足ります。
Q2. レベルを5段階より少なくしてもよいですか。
減らすなら、一人でできる、例外に対応できる、教えられるの3段階を残す形がおすすめです。代役を探すときの境目が、この3つに集まります。段階を増やすほど記入の迷いも増えるため、4つ以内に収めると続けやすくなります。
Q3. 記入したレベルを本人へ見せてもよいですか。
見せるほうが記入の精度は上がります。ただし段階の一覧だけを渡さず、次に任せる一仕事と確認する人を添えてください。育成と代役探しのための表だと伝わると、低い段階も正直に書かれやすくなります。


