
問い合わせで聞いた顧客の住所を、Excelの見積書にもう一度打ち、請求書にもまた打ち、顧客台帳にも打ち直しています。
打つ回数が増えること自体より、困るのは住所が変わったときです。4か所のうち1か所を直し忘れると、どれが正しい住所なのか判断できません。ここでは、項目ごとに最初に入力する場所と正しいとみなす場所を一つに決め、下流へ渡す流れを1枚の図にまとめます。顧客住所を例に、受け渡しの方法、例外の行き先、切替と戻す条件まで決めていきます。
- 二重入力とは、同じ項目を複数の場所で人が更新し、どれが正しい値か分からなくなる状態です。
- 項目ごとに正本(値が食い違ったときに正しいとみなす唯一の場所)を一つ決めると、直す場所が一意になります。
- 受け渡しは一方向にします。双方向の同期は、どちらが新しいかを判定する手間を増やすだけです。
- 受け渡しの手段は、安定性、頻度、例外の出方、保守の手間の順に見て選ぶと迷いません。
- 切替は1項目ずつ進め、旧入力を止める日、戻す条件、見る人を先に決めます。
二重入力は、入力回数ではなく「正しい値が分からなくなる」状態
二重入力とは、同じ項目を複数の画面やファイルで人が別々に更新している状態です。入力の手間が二倍になることより、値がずれたときに正しいほうを決められなくなることが困りごとの中心になります。
住所を4か所に打っている場合、変更の連絡が来るたびに4か所を直す必要があります。1か所でも抜けると、見積書と請求書で宛先が食い違います。どちらが新しい住所かは、画面を見ただけでは判断できません。
二重入力が残るのは、担当者の注意が足りないからではありません。画面ごとに入力欄があり、どの欄を先に埋めるかという取り決めがないためです。入力を禁止しても、必要な場面ではどこかに打ちます。
では、最初に決めるのは何でしょうか。入力の回数ではなく、値を直す場所です。項目ごとに、正しいとみなす場所を一つ置きます。下流の書類が受け取るのは、その場所の値だけです。
手順1:重複して入力している項目と画面を書き出す
最初に、同じ値を打ち込んでいる項目と、その入力画面を一覧にします。記憶ではなく、直近の見積書と請求書を1件ずつ開いて数えてください。
合成例として、問い合わせの受付から請求までを少人数で回している場合の記入例を置きます。実在の会社の記録ではありません。
着手の順番は、変更の連絡が届く項目を先に置き、その中で入力箇所が多い順に並べます。表の4項目なら、顧客住所、担当者のメールアドレス、会社名、案件名の順になります。変更が届く項目ほど、直し漏れた場所に古い値が残り続けるからです。
ここでは、1番目の顧客住所だけを最後まで通します。残りの3項目は、同じ手順を1項目ずつ繰り返す形になります。
手順2:最初の入力場所と正本を一つに決める
項目ごとに、最初に文字が入る場所と、正しいとみなす唯一の場所を決めます。正本とは、値が食い違ったときに「こちらが正しい」と扱う保管場所のことです。ここで決めるのは、最初の入力場所、正本、識別子、利用先の4つです。受け渡しの方法と更新方向は手順3、確認者と例外の行き先は手順4で決まります。
顧客住所なら、最初に文字が入るのは問い合わせ受付フォームの回答欄になります。回答はそのまま記録として残し、後から書き換えません。住所を直す場所は、顧客台帳の住所欄1か所にします。
受付の回答を顧客台帳へ移すときに、顧客コードを付けます。識別子とは、同じ顧客を1件として見分けるための番号や記号です。会社名だけで突き合わせると、「株式会社」の位置や全角と半角の違いで別の顧客に見えてしまいます。
利用先も、この段階で書き出します。顧客住所を使うのは、見積書の宛先欄と請求書の宛先欄の2か所です。この2か所では住所を手で打たず、顧客台帳の値を差し込む形にします。
重複して持っているデータを一つに集め、取り出し方を一本化する考え方があります。特許庁のアーキテクチャ標準仕様書にも、この考え方が設計の前提として整理されています。
住所の変更連絡が届いたときに直すのは、顧客台帳だけです。すでに発行した見積書や請求書は、その時点の内容として残します。差し替えが必要かどうかは、取引先との取り決めで決めてください。

手順3:受け渡しの方法と更新方向を決める
受け渡しの方法は、どれを選べばよいのでしょうか。見る順番は、安定性、頻度、例外の出方、保守の手間です。API連携やRPAを入れること自体は目的ではありません。件数が少なければ、手で写して別の人が照合する形でも構いません。
厚生労働省の資料では、二重入力やCSVの書き出しと取り込みが自動化の候補として挙げられています。ただし、どの手段が自分の環境で動くかは、使っている画面とファイルの形で変わります。
この例ではCSV取込を選びます。受付フォームの回答を表の形で書き出せて、顧客台帳の側に取り込み口があるためです。更新のたびに流す必要はなく、1日1回まとめて取り込めば十分です。
更新方向は一方向にします。受付フォームの回答から顧客台帳へ取り込み、顧客台帳から見積書と請求書へ差し込みます。逆向きには流しません。見積書の宛先を手で直しても、顧客台帳の値は変わらない形にします。
双方向で同期する場合は、どちらの変更が新しいかを判定する仕組みが別に必要です。判定を取り違えると、古い住所が新しい住所を上書きし、その値がまた戻るという往復が起きかねません。直す場所を一つにしておくほうが、仕組みも説明も短くて済みます。

手順4:代表データで試し、例外の行き先を決める
切り替える前に、一致、欠損、重複、文字数超過の4つのケースを代表データで試します。4件とも通ることを狙うのではなく、通らなかった行の行き先を決めることが目的になります。
使うのは顧客台帳の5件で、顧客コードはC-0147、C-0152、C-0203、C-0244、C-0318とします。合成例として作った架空の顧客で、実在の取引先ではありません。
- 一致:C-0147の住所を取り込み、見積書と請求書の宛先が顧客台帳と同じ文字列になるかを見ます。
- 欠損:C-0152は建物名が空欄です。取り込んだあと、下流の宛先欄がどう出るかを確かめます。
- 重複:C-0203とC-0244は同じ会社として2件登録されています。どちらを正本にするかは決まっていません。
- 文字数超過:C-0318は建物名まで入れると、請求書の宛先欄に収まらない長さになります。
通ったのは1件、C-0147だけです。残りの4件は、3行の例外として残ります。例外キューとは、取り込めなかったデータを1行ずつ記録しておく一覧です。
期限と担当は、合わせる相手や人数で変わります。表の「受付の翌営業日まで」は合成例の値で、守らなければならない決まりではありません。
確認する人も、この段階で決まります。登録のときの確認は受付担当で、顧客コードと住所欄を見る役です。請求書を出す前には、経理担当が宛先欄と顧客台帳を1件だけ見比べます。
手順1から手順4までで決めた8つの欄を、対象項目と合わせて1枚にまとめます。これが、二重入力をなくすためのデータ流れ図です。
手順5:旧入力を止める日、戻す条件、見る人を決める
新しい流れを試すだけでは、入力の回数は減りません。旧い入力をいつ止めるかを決めて、はじめて1回になります。
決めるのは3つです。旧入力を止める日、うまくいかなかったときに戻す条件、動いているかを見る人です。
止める日は、試し期間の終わりに置きます。たとえば、顧客住所の取り込みを月の前半で試し、翌月の初日から見積書と請求書への直接入力をやめる形です。期間の長さは取引の件数と担当者の空き時間で変わるため、ここで挙げた長さも合成例になります。
止めるときは、呼びかけだけで終わらせません。見積書のExcelは住所欄を差し込み専用にし、請求書の作成画面では住所の手入力を手順書から外します。打てる欄が残っていると、急ぎのときに元へ戻ってしまいます。
戻す条件は、始める前に文章で書いておきます。たとえば、「下流の宛先が顧客台帳と合わない件を当日中に直せないときは、旧い手順へ戻す」という形です。条件を決めずに始めると、問題が起きたときに続けるか止めるかの判断で時間を使うことになりがちです。
見る人は1人決めます。例外キューに残っている行を定期的に開き、期限を過ぎた行がないかを確かめます。見る間隔は件数で変わるので、まずは例外が出た翌日に開く形から始めても構いません。
1項目が落ち着いたら、手順1の表に戻ります。次は担当者のメールアドレス、その次が会社名、最後に案件名です。1項目ずつ進めると、問題が出たときに原因を探す範囲が狭くなります。

二重入力の整理でつまずく4つの形と、戻し方
1つ目は、表記の揺れを残したまま連携することです。全角と半角、「株式会社」の位置、番地のハイフンが混ざったまま取り込むと、同じ会社が別々の行として増えます。先に正本のデータを整えてから、連携を動かしてください。入力ルールの揃え方は、入力ミスを止める方法をまとめた記事も参考になります。
2つ目は、新しい流れと旧い入力が並んで残ることです。止める日を決めていないか、決めても打てる欄が残っている場合に起こります。入力欄を差し込み専用にするか、手順書から旧い入力を外します。
3つ目は、例外を後回しにすることです。取り込めなかった行を置いたままにすると、下流の値が古いまま使われます。例外キューには、対象データ、失敗の理由、再処理の担当、期限、再送の結果の5列を残します。担当と期限が空の行はつくりません。
4つ目は、全項目を一度に切り替えることです。同時に動かすと、どの項目で何が起きたのかを切り分けられません。代表データで試す単位も、切り替える単位も、1項目にします。
4つに共通するのは、手段を決める前に正本を決めていないことです。正本が一つに決まっていれば、連携が止まっても、どの値を信じて手で直せばよいかは迷いません。
まとめ:最初の1項目を決めるところから
二重入力は、同じ項目を複数の場所で人が更新し、正しい値が分からなくなる状態です。入力の回数を数える前に、値を直す場所を一つに決めます。
顧客住所の例では、最初の入力場所が問い合わせ受付フォームの回答欄、正本が顧客台帳の住所欄です。受け渡しは1日1回のCSV取込、更新方向は一方向、通らなかった行は例外キューへ回します。見積書と請求書の宛先欄は、顧客台帳から差し込むだけの場所になります。
今日できるのは、手順1の棚卸しを1行書くことです。直近の見積書と請求書を1件ずつ開き、同じ文字列が何か所に出てくるかを数えてください。入力箇所が一番多く、変更の連絡が届く項目が、最初の1項目になります。
Q&A
Q1. 顧客台帳のような一覧をまだ持っていません。何を正本にすればよいですか。
いま一番よく更新されている場所を正本にします。顧客の一覧がExcelファイル1つしかないなら、そのファイルを正本に決めて、見積書と請求書はそこから差し込む形にします。新しい仕組みを入れる前でも、値を直す場所を一つに決めるところまでは進められます。
Q2. 連携の仕組みを入れる予算がありません。手で写すままでも二重入力はなくせますか。
入力の回数は残りますが、正しい値が分からなくなる状態は止められます。正本を一つ決め、写す向きを一方向にし、写した人とは別の人が1件だけ見比べる形にしてください。件数が増えてきたら、CSV取込など手段の部分だけを差し替えます。
Q3. すでに発行した請求書の住所が古いままです。差し替えるべきですか。
まず顧客台帳の住所を直し、これから出す書類がすべて新しい住所になる状態をつくります。発行済みの書類を差し替えるかどうかは、取引先との取り決めや社内の保管ルールで変わるため、相手に確認してから決めてください。例外キューに1行残しておくと、再発行の要否を後から追えます。

